佐藤舞梨萌《花畑》
2021年-2022年
727x727mm
Oil on canvas
佐藤舞梨萌《天使の花束》
2020
180×180mm
Oil on canvas
『 たましいの庭』について
花や風景を描き続けて、今年で15年になります。
コロナ禍は、今までわたしたちの目の前にあった世界を一変させ、目に見えないものへの脅威を知ることになりました。制作のための取材に行くこともままならず、ようやく外に出ることができたときに見た花や風景は、これまでとは違う輝きを放って、わたしの心に飛び込んできました。
そして、その風景の奥にあるものを観ようとしました。花や草、樹々は、変わらず太陽に照らされて輝き、月は昇り、星と夜を照らす。わたしは、自然の摂理の偉大さを感じずにはいられませんでした。目に見えないものを感じること、一体それは何なのか、、
新たに絵を描きたいと思うようになりました。出逢った風景のなかに見た植物の神秘は、わたしのなかで融合され、抽出されていきました。
それをわたしは、『 たましいの庭 』と名付けました。
佐藤舞梨萌
【崇高と再生--佐藤舞梨萌の絵画】 西村智弘(美術評論家)
佐藤舞梨萌の今回の個展は、2020年以来なので2年ぶりとなる。前回の個展は、ちょうどコロナが蔓延する時期と重なってしまったが、作品自体はコロナ以前に完成していた。前回と今回の個展のいちばん大きな違いは、コロナの状況を経験しているかどうかにある。佐藤は、コロナによる厄災に心を痛めてきた。今回の個展は、コロナに対する彼女なりの返答になっているだろう。
一貫して佐藤は、花のある風景を描いてきた。彼女は具体的な風景をもとに制作するが、写実的な描写を目指しているわけではない。佐藤が描く絵画には精神的なビジョンが投影されており、理念的な風景に昇華されている。わたしは、2017年の個展のリーフレットで、佐藤の絵画とロバート・ローゼンブラムのいう「北方ロマン主義」との共通点を指摘した。佐藤の絵画は、超越的な世界を描く姿勢が北方ロマン主義と似ているのだった。
わたしは、今回の個展タイトル「たましいの庭」がすでに北方ロマン主義的であると思う。このタイトルは、出品作の〈たましいの庭〉に由来する。〈たましいの庭〉は、手前の赤い花、降りそそぐ木漏れ日、背景の川などが混然一体となった絵画である。この混然とした画面が、人間の限界を超えた超越的な世界を開示するのである。「たましいの庭」が求めているのは、風景と一体化することによって魂が浄化されることであろう。
佐藤が絵画に見いだした北方ロマン主義なテーマは「崇高」であった。美学として崇高を位置づけたのは、エドマンド・バーグの『崇高と美の観念の起源』(1857)である。崇高とは、大自然の圧倒的な威力を前にした人間が、恐怖や畏怖といった感情を契機にして有限で不完全な自分を内省し、人間の限界を超えた絶対的な世界を憧憬するときにあらわれる。それは、均斉や調和に基づく古典的な「美」と異なるカテゴリーであって、自己の精神を深く反省することによって獲得できるものだ。
今回の出品作では、〈永遠〉が崇高を直接イメージさせる作品になっている。この絵画が描いているのは海であった。波は、打ち寄せては引いていくという運動を延々に繰り返す。それは人類が誕生するはるか昔から存在しており、人類が消滅したあとも終わることなく続くであろう。こうした波がもつ運動の無限性が、結果的に人間の未完結性、不完全性を露わにするのである。
近年の佐藤は、風景を描きつつ抽象の傾向を強めている。彼女は決して抽象絵画を目指していないが、イメージの純化を探求するなかで無意識に抽象に向かっている。出品作の〈花畑〉は、近年の抽象化の傾向を顕著に示している。この作品は正方形で、目くるめく色彩と激しい筆致がオールオーヴァの画面を形成している。ローゼンブラムは、ジャクソン・ポロックのような抽象表現主義の絵画に「抽象的崇高」を指摘したが、〈花畑〉は抽象的崇高の領域に到達した絵画になっているだろう。おそらく、コロナという悲劇的な状況を体験したことが佐藤の絵画を崇高に向かわせている。
〈花摘み〉は、花を摘んでいる女性を描いた絵画である。佐藤は、風景のなかにいる人物を描いてきたので、このような作品があっても不思議ではない。しかし、抽象化が進んだ今回の展示では異色作であろう。〈花摘み〉の女性は、花に囲まれて風景画を描く画家の姿であるかもしれない。しかし同時に、佐藤の絵画と向き合った鑑賞者の立場を示しているとも考えられる。〈花摘み〉は、今回の個展のなかでメタ的な位置にあり、絵画と鑑賞者の関係を俯瞰的に示している。佐藤が風景と一体化するように鑑賞者が彼女の絵画と一体化するのであり、ここにおいて崇高が完結するのだった。
今回の個展は、2007年の初個展から数えて15周年に当たる。佐藤はこの15年で作風を大きく変化させたが、絵画に向き合う姿勢は驚くほど変わっていない。今の時点から考えると、初個展のタイトルが「再生」であったことは象徴的である。なぜなら、今回の個展のタイトルが「再生」であってもおかしくないからだ。「たましいの庭」は、風景と一体化することで魂を浄化することを意味したが、これは再生と同義である。さらに「たましいの庭」は、わたしたちがコロナという悲劇的状況から再生することにもつながっている。再生への希求こそ、今回の展示に託された佐藤の祈りであり、悲願であった。
佐藤 舞梨萌
愛知県生まれ
2005年 講談社フェーマススクールズ卒業
《個展》
2007年 「再生」 andzone, 東京
2008年 「光の場所」The Artcomplex Center of Tokyo , 東京
2009年 「太陽の夢」 The Artcomplex Center of Tokyo , 東京
2010年 「月の詩」 The Artcomplex Center of Tokyo , 東京
2011年 「麗らかな春の日に」The Artcomplex Center of Tokyo , 東京
2012年 「エメラルドの風 」The Artcomplex Center of Tokyo , 東京
2013年 「降り続ける生命」The Artcomplex Center of Tokyo , 東京
2014年 「ホシノマタタキ」gallery 福果 , 東京
2015年 「 追いかけた夢」 The Artcomplex Center of Tokyo , 東京
2016年 「サクラ・テオリア」 The Artcomplex Center of Tokyo , 東京
2017年 「BLOOM」 企画:西村智弘 art space kimura ASK? , 東京
2020年「Sense of Wonder」企画:仲世古佳伸 art space kimura ASK? , 東京
《主なグループ展》
2016年 「花 ドルチェ 問い/」Gallery MARUHI(主催) , 東京
ゲストキュレーター : 仲世古佳伸 参加作家:佐藤舞梨萌、高橋大輔、中里伸也
2019年 「昇華のモルフォロジー 佐藤舞梨萌 / 山口真和」KOMAGOME1-14 cas , 東京
企画:仲世古佳伸 キュレーション:西村智弘 協力:O JUN
2021年 「花、あたらし/12Flowers」art space kimura ASK? , 東京
仲世古佳伸キュレーション
2022年 「世界の揺らぎを知覚する、音楽に共振する絵画の今」art space kimura ASK? , 東京
共同企画:倉林靖・ 仲世古佳伸
2022年 「アートフェアアジア福岡2022」ホテルオークラ福岡・GALLERY KTO ブース, 福岡
他、グループ展多数
《文献》
2014年 個展「ホシノマタタキ」作品集『途の思想』O JUN
2016年 「花 ドルチェ 問い/」リーフレット『マチエールに、投げ込まれた、問い』仲世古佳伸
2017年 個展「BLOOM」パンフレット『色彩とマチエールのシンボリズム』西村智弘
2019年 「昇華のモルフォロジー 佐藤舞梨萌 / 山口真和」パンフレット『イメージの成立する場所』西村智弘
2020年 個展「Sense of Wonder」パンフレット『Sense of Wonder=不思議な感覚』倉林靖
2021年 「花、あたらし/12Flowers」テキスト『佐藤舞梨萌の花』仲世古佳伸
2022年 「世界の揺らぎを知覚する、音楽に共振する絵画の今」パンフレット 倉林 靖