山口真和《Ruins》
2023
キャンバスに油彩、アクリル絵具、墨、木炭、オイルパステル
1303×970mm
まず、会場入り口付近には、天井に到達しそうな「柱」がある。《A tower of ruin》 と名付けられたこの作品は、セラミックのドーナツ型パーツが20ほど積み上げられることで成立している。2.8メートルの高さでありながら、決して堅固なタワーではないようだ。実際、各パーツの接触部分には微かな隙間さえ見える。 展覧会タイトルにみた「破滅」と「遺跡」の二重の意味は、この巨大な作品を観察することで微かに理解され始める。 また、入り口正面の壁にかけられた同じくセラミックのポートレート作品シリーズ「My shadows of ruin」には、ヴァージニア・ウルフやアラン・チューリングら、今は亡き「偉人」が描き出されている。 たしかに、これまでも山口は、絵画や陶器によって顔をモチーフに制作活動を展開してきた。とはいえ今回、著名な人物の広く知られた肖像写真が用いられており、各人を特定することは比較的容易である。セラミックの質感と土色が混ざり合った表面は、ウルフやチューリングといった、個別的な生をじわじわと想起させるのだ。これは「破滅」した都市を思い出させる「遺跡」のような機能ももっている。 絵画に移ろう。打ち捨てられた柱が散見される《Ruins》、そして大きく引き伸ばされた幼児が主役の大作《立つ像-ある子供》が展示されている。《Ruins》には、先ほどの陶作品《A tower of ruin》 のような直立する柱が、多数確認される。赤茶色から黄緑までの奥深い色を用いて、その独特な質感が味わえる。他方、画面右下に目を向けると倒れた柱が見える。この柱や画面奥の遺跡の輪郭によって画中に水平方向の線がもたらされている。柱や風景によって、縦横のラインが浮かび上がってくるのだ。さらに、白っぽいグレーで満たされた空と思しき画面上部は、よりいっそう整然とした印象を与えるだろう。 では、《立つ像-ある子供》はどうか。こちらは、背景の柱や幼児が、セラミック上の釉薬の光沢のように妖しく揺らめいており、少し不安定な感覚を抱かせる。《Ruins》の画面右下にある倒れた柱と思しきものの上に位置付けられた幼児の姿勢も、くだんの効果を引き出している。 それでも、ここで重要に思われるのは、一度倒れてしまっても、また起き上がる可能性が、幼児に託されているということだろう。 柱は明らかに丸みを帯びており、コロコロ転がりそうだ。そのため、安定性をもたないこの幼な子は、すぐさま倒れるだろう。しかし、その状態のままとどまることもないだろう。筆者の感覚を強く打ち出せば、あの釉薬的揺らめきの浮遊感は、幼児の運動の止まらなさと類比的だ。 自らの「再生」のプロセスを、すなわち転倒と再起の反復を、われわれに強く感受させることで、絵画に時間性を導入しているようにも思われる。山口の語る「崩壊の先に続いていく立像」とは、この「子」にこそ、体現されているはずだ。 歴史的な固有名や私的な子、そして壮大な時間を感じさせる遺跡ーーこれらが一体となって構成された、山口真和の作品群をぜひご覧いただきたい。
GALLERY KTO新宿では、山口真和の個展「RUINS」が開催されている。展覧会タイトルには「破滅・滅亡」や「遺跡」を意味する語が採用されている。
山口真和
1987年東京都生まれ。
2013年 東京藝術大学 大学院美術研究科修士課程修了後、ドイツ学術交流会奨学金を受賞しドイツへ渡る。
2017年 シュトゥットガルト造形芸術大学を修了後帰国。
現在は東京在住、国内外で発表を続ける。
▪️最近の展示▪️
「隣り合う景色」CAFE&SPACE NANAWATA (2022年)
「 The Shark」ドイツ文化会館(2021年)
「 昇華のモルフォロジー」 Komagome 1-14 cas(2019年)
「 パン屋と絵 #10」ドイツパンの店タンネ(2019年)
「 踏青 Auf die neue Boden」ZAPbeijin 北京(2018年)
「Nightgazer」gallery KTO 原宿 (2022年)
「RUINS」gallery KTO 新宿 (2023年)